2025.04.09
AND ARCHI
バタフライチェアという椅子の話
バタフライチェアという愛称で親しまれているBKFチェアは、家具の中でも特異な存在感を放ち続けている椅子の一つだ。椅子であるにもかかわらず、どこか彫刻のような立ち姿。シンプルな構成でありながら空間の空気を変えてしまう力を持っている。椅子は座るための道具でありながら、インテリアにおける造形物としての役割も持つ──BKFチェアはその両方の機能を過不足なく担っている数少ない椅子かもしれない。

つくりは至ってシンプル。鉄のフレームと一枚のレザー。この潔さには、どこか建築的な美学を感じてしまう。鉄の線材で描かれた構造体は無駄がなく、むしろ余白すら感じさせる。レザーはただ「貼っただけ」と言いたくなるほど素朴な装着方法だが、それゆえに構造と素材の対話がむき出しになる。人の体を迎え入れるような柔らかな曲線が、座った瞬間にふっと身体の重さを吸収する。その瞬間、「これはただの椅子じゃない」と身体が理解する。

人間工学的な精緻さがあるのか、それとも経験値からくる直感なのか。1938年に3人のアルゼンチン人デザイナー、アントニオ・ボネット、フアン・クルチャン、ホルヘ・フェラーリ=ハードイによって生み出されたこの椅子は、実に85年以上経っても色褪せることなく、世界中のインテリアシーンで現役で使われ続けている。しかも、それが”使い心地の良さ”という機能性と、”空間を引き締める造形美”というデザイン性の両立によるものであることが、BKFチェアの不朽性を証明しているように思う。

私たちが家具を選ぶとき、どうしてもスペックやサイズ、価格や耐久性などで比較してしまう。しかし、BKFチェアのように、「そこにあるだけで空間が引き締まる」という佇まいこそ、本来の“家具の価値”なのかもしれない。建築で言えば、ただの構造体に過ぎない柱や梁が、美しいプロポーションで空間を構成するように、BKFチェアもまた、椅子という名の建築のような存在なのだ。

レザーは使い込むごとに風合いが増し、時間とともに表情が変わっていく。その経年変化もまた、この椅子の魅力を語る上で欠かせない。使い手の暮らしに寄り添いながら、ゆっくりと育っていく家具。それがBKFチェアという椅子の、もうひとつの顔であるのかもしれない。

良い椅子というのは、ただ座りやすいだけではなく、「そこにあることの意味」が求められる。BKFチェアはその問いに、約100年近く答え続けてきた。そしてこれからも、静かに、そして確かに空間に語りかけてくれるに違いない。
Editor

君島 貴史 Takashi Kimijima
andARCHI(アンドアーキ)編集長
1975年東京生まれ。横浜を中心に150棟以上の建築家との住まいづくりに携わる。デザインと性能を両立した住宅を提案し続けています。「愉しくなければ家じゃない」をモットーに、住宅ディレクターとWebマガジン「andarchi」の編集を行っています。

